
東京のスペインレストラン・バルの入門ガイド
「ブルータス」のフード特集や、「料理通信」「東京カレンダー」等の記事などでご活躍中、
都内はもちろん、スペイン本国のレストランやバルも取材を通して造詣の深い、
フードジャーナリストの渡辺紀子さんに、東京におけるスペイン料理への"熱"を、特別に寄稿して頂きました。
楽しく分りやすい、東京のスペインレストラン、バルの入門ガイドです。。
東京は今、スペインが熱い!とくに、昨年から今年(*編集部注;2006年から2007年)にかけてのバル・ブームはすでに「ブーム」を超え、「沸騰」状態。あまりにホットで火傷しそうです。この「バル熱」の止まらぬ勢いは、老舗スペイン料理店にも「熱波」のごとく伝わり、根強いリピーター群にニューカマーたちが加わり、活況を呈しています。この爆発せんばかりのバル熱はどこから来ているのか。その話に進む前に、ざっくりと歴史のお勉強を。
日本で一番古いスペイン料理店と言われているのが、神戸市生田区にある『カルメン』。1956年創業といいますから、すでに50年を経て、今なお健在。毎夜、大勢のファンで賑わっています。一方、東京はといいますと、1964年、東京オリンピックのスペイン選手村の料理人として来日したスペイン人が、日本人女性と恋に落ち、誕生したのが『ラス・クエヴェス』でした。こちらは残念ながら、すでに閉店。遅れること3年、今年、創業40周年を迎えたのが、新宿・伊勢丹会館にあるタブラオ(フラメンコ・ショーの見られるレストラン)『エル・フラメンコ』です。記念の年ゆえ、フラメンコ・イベントが目白押し。会員という名のヘビーユーザーたちの予約で満杯だとか。
どうです、ご存じでしたか。日本におけるスペイン料理って、こんなにも長~い歴史があったんです。1970年代になると、『カサ デ フジモリ』、赤坂『ロス プラトス』、新宿『エスパーニャ』、渋谷『エル・カステリャーノ』などなど、オープン・ラッシュが続きました。これが第一次スペイン料理ブームとすると、途中、カタルーニャ、ラマンチャといった、「地方色を押し出したメニュー展開」という動きはあったものの、特別大きなうねりが見られないまま、21世紀に突入します。
2001年、『パンプローナ』→『エル・パティ・デ・バラオナ』と店名を変え、業態を変え、常に新しいスペインを提示し続けて来たスペイン人シェフ、ジョゼップ・バラオナが、思い切った行動に出ます。
店名を『ピンチョス・ベポ』と改め、ピンチョスなる概念の伝道者となったのです。「ピンチョス」とは、スペイン語で「突き刺す」の意の“ピンチャール"、また、「楊枝」「串」の意の“ピンチョ"から来た言葉。フランス国境に近いバスク地方独特のおつまみのことで、片手でつまめる手軽な串ものやオープンサンドが中心です。伝統的ピンチョスから、ジョゼップならではの素敵なアイデア炸裂のユニークなピンチョスまで、幅広いラインナップとコストパフォーマンスのよさが女性たちの人気を呼び、大ブレイクしました(現在は、その役目を終え、貸切限定、1日一客の店『レ・ストゥディ』に)。
同じ頃、日本の料理界に大きなエポックをもたらす出来事が起こります。スペインが誇る、ミシュラン三ツ星レストラン『エル・ブジ』の天才シェフ、フェラン・アドリアの初来日がそれ。2002年2月、レクチャーの行われた服部栄養専門学校の階段教室を埋め尽くしたのは、スペイン料理のシェフというより、全国津々浦々からやって来た、和食、フレンチ、イタリアン、シノワなどの有名シェフたちでした。まさに、日本の料理界を代表する面々が、神妙な面持ちでレクチャーを聞いたものです。料理という枠組を突き破り、誰も見たことも食べたこともない、超アヴァンギャルドな料理を次々と繰り出す、この1人の天才の出現に、世界の料理界も上へ下への大騒ぎ、という時期でした。世界最先端の料理が、美食大国フランスからではなく、スペインから発信されているのです。スペイン・ファンならずとも、エキサイティングな話ではありませんか。
河田町の古い洋館をリノベーションした一軒家レストラン『小笠原伯爵邸』のシェフに抜擢されたのです。『エル・ブジ』とはいかないまでも、ジョゼップの手になる、まったく新しいスペイン料理のスタイルは、我々の度肝を抜くに十分な内容でした。この頃から、本格的バルがぽつりぽつりと生まれて行きます。
2004年には、日本橋に『サンパウ』東京店(スペイン版ミシュランでは三ツ星、東京版ミシュランでは二ツ星を獲得)がオープン。『エル・ブジ』とともに、世界の料理界を牽引するレストランの東京店は、グルマンたちの熱い注目を集めました。まるでミニチュアのように繊細な料理の数々は、スペイン料理を超えた、まったく新しいジャンルと言っても過言ではありません。
さて、歴史のお勉強はこのくらいにして。スペイン料理といえば、まず何を思い浮かべますか。パエリア、ガスパチョ、サングリアという三種の神器を思い浮かべたあなたは、標準的日本人。タパス、ピンチョス、ハモン・イベリコ・デ・ベジョータをイメージしたあなた。いけてます、かなりのスペイン料理通。さらに、トルティージャ、モルーノ、アヒージョ、チャコリと連想した方、相当なバル通。かも、です。
バルが今、熱い……。そうなんです。ここ数年、バルはオープンに継ぐオープン・ラッシュ。ただ、動機は様々。単純に飲食ビジネスとして成立しやすいからと、1つの「業態」としてバルを選ぶケース、フレンチやイタリアンの2軒目、3軒目として、スペイン・バルを開くケース、スペインで体験したバルが大好きになり、日本にも伝えたいという熱い思いで開いたケースなどなど。店の大小、意図に関わらず、どの店も賑わっています。
レストランと違って、お財布の中身を心配せず、気楽に、自分に見合った量を、好きなだけ食べたり飲んだり。もちろん、ドレスコードも不要。カップルや友人同士でなくても、女性1人でも楽しめる。滞在時間だって、自分次第。そして、ハシゴもまた楽し。と、客のほうは、とくにスペイン好きというわけでなくても、使いやすいスタイルの1つとして活用。店側は、ブームの始まりの頃は、「なんとなくスペイン」な料理を出していたのだが、客にも「通」が増えたため、現地研修やスペイン帰りのシェフを起用するなどして、タパスやピンチョスのクオリティ・アップに力を入れ始めています。これが、なかなかに素晴らしい。まさしく「本場の味」なんです。接客もカジュアルでフランクで、客がリラックスして、知らない隣の人ともすんなりと話が出来るムード作りも万全。新規参入業態としては、完成度が相当高いのが特徴です。
熟年サラリーマンが、日本酒や焼酎立ち飲みに行く代わりに、バルでスペインワインとオリーブオイルたっぷりのアヒージョで乾杯。東京はそんな時代が来ています。熟年ばかりではありません。老若男女、マルチな客層受け入れもバルならでは。デートに使うカップルもあれば、仕事帰りに、1人で文庫本を読みながら、軽くシェリー酒を1杯、なんて、おしゃれなキャリアウーマンもいれば、ご近所の住人が、サンダル履き、乳母車で来ちゃったり、そんな気楽な雰囲気なんです。今だかつて、これほどまでに懐の深い業態があったでしょうか。そしてそして、肝心なこと。バスクのバルも真っ青の、ピンチョの質の高さやコストパフォーマンスのよさもさることながら、何より、使い手、食べ手である客が、心からバルを楽しめていることなんです。
日本人のライフスタイルの中に、バルがすんなりと溶け込んでいる。日本人の「日常」の1つになっていること。まるで、スペイン人のようにバルを使いこなせていること。それが素晴らしい。来年もまだまだ続きそうな「バル熱」。まだ、かかってない人は、お早めに抗体をお作りになることをおすすめいたします。
(text by michiko watanabe / 2007年度ASOLIVA発行ニュースレターより)